ARTISTS

カウンスー:再生計画のイマジニア

Kaung Su
Myanmar

Written by Myint Myat Thu, Translated by AURA Art

2012年、ニューヨークでのアーティスト・レジデンス時代のカウンスー

『Frontiers of Astronaut』、『Urban Implosion』、『The Pursuit of Reason』、『The World of Delacroix』、『Dubliner, Stardust』、『The Last Judgement』ー カウンスー宅の古い本棚にある、黄色く古びたこれらの本やその他多くは、人間による殺戮から自然を守ってきた砦の、襲撃され無防備な(それ自体頑丈ではある)レンガのようだ。芸術家の貯蔵庫の入り口を越えてすぐ、無知、強欲、利己主義、怠慢、想像しうる人間のすべての罪が、地球上のあらゆる繊細な葉脈の中に花開いている。「次なる六番目の大量絶滅は私たち自身だ」と、カウンスーは私たちの不安定な未来を思い出させ、キャンバスの上に黙示録を召喚する。

小惑星がどこからともなく地上に飛び込んでくるように、カウンスーは純粋に衝動によって芸術家人生に飛び込んだ。子供のころは芸術的影響も経験も趣味もなかったし、アーティストと付き合い、ヤンゴンのギャラリーや展覧会にしょっちゅう顔を出すような芸術愛好家でもなかった。実際、現在までカウンスーはそういった場所を訪れることはほとんどない。彼の芸術的コンセプトが大きく変化した、2012年のアメリカでのアーティストレジデンス後はとくに。彼の芸術への転向は、カウンスーが美的に「無意識の命令」と呼ぶ、彼自身の指令を実行することだった。だからある日突然、ハンドルにいつも手を乗せて書籍流通業で働く普通の若者は、ヤンゴンの州立美術学校で学ぶためにすべてを投げ打った。

  • Asteroid Mining: Acrylic, emulsion, gold plaster power and fake hair on canvas: w5 by h 4.5 feet

「私の場合は、すでに水がいっぱいになっているグラスから水を注ぐようなものです。最初にグラスを満たしてから水を注ぐのではありません。私の無意識の中にすでに何かがあって、芸術に変容しているのです」とカウンスーは言う。

彼が選んだのは引き返ることでも合流することでもない。カウンスーは彼が人生ですでに歩んできた道に名前をつけ直したようだ。新しいそれは「芸術に向かう知の道」と名づけられ、その入り口で、カウンスーはこう表明する。「私の芸術の地平線は、私の美的知性の地平線」と。この地平線は無限になりうる。カウンスーの作品は、普遍的な文脈と広い主題で、私たちの集合的運命、言い換えれば、私たちの地球の運命を表現する。

彼の「絶滅残留物」の中で、巨大で残虐そうな塊の中にある緑がかった灰色の骨が、厚い漆喰のフィールドから流れ出る。まだいくつかの骨は、腐ったような気持ち悪い肉で覆われているようだ。全景はかつての優占種の墓の断面図に似ている。この種の大量絶滅の全歴史を、骨(彼はそれを「進化と腐敗の足跡」と表現した)に凝縮させることで、カウンスーは私たち自身の番について考えるための率直な対話を始める。

  • Copernicus (Colliding World Series): Acrylic, emulsion and hair on canvas

彼の考えでは、人間が地球から姿を消すことは二つの方法で起こりうる。環境破壊の形をとった人間自身による内部破壊と、神の罰かもしれない小惑星による絶滅という、外的力による外からの介入だ。

カウンスーのいくつかの絵画に繰り返し現れる気味悪い人間の髪の束によって、巨大な丸太が虐殺されたり、絞めあげられる。それらの丸太は時々、森林伐採、過剰汚染、過剰消費のために死んでしまった地球のための、ソン・エ・リュミエールの舞台装置の哀悼記念碑のように並べられる。そのうちの一つには「人間、最悪」とタイトルがつけられている。生まれずに死んだ種たちの荒凉とした土地にたれ込める、燃えるようなオレンジ色の大気の薄いベールに対峙するところにも、幽霊のようなこの「種たちの間に立つ森」がある。

  • Celestial Intruder: Acrylic, emulsion, enamel, and human hair on canvas: w5 by h5 feet

外の敵も恐ろしい。作品「Black Twister In Red Lightning」は、象のように重々しい旋風と征服不能な光が組み合わさって、獰猛な手でその下のすべてのものを生き生きとかき動かす。「The Genocide」と「Celestial Intruder」はどちらも同様の旋風による終焉を扱っている。「The Genocide」は悪魔の王座に現れたように見え、その大きさはまるでその眼下の騒々しい地球の生命を吸い込むように大きく膨れ上がっている。暗黒の力の攻撃を受ける「Celestial Intruder」はその中心で血を流し、瓦礫片が上空に舞い散る。「The Arrival」(of ferocious foreign matter) は完全なる黒煙の下に潜んでいる。

この種の包括的芸術を政治的文脈外に位置づけることは難しい。なぜなら、我々が通常私たちの運命を握っているものと理解しているのは政治だからだ。しかしカウンスーは「政治問題としてではなく、知的実体として取り組んでいます」と主張する。カウンスーの知的芸術は客観的科学の見地から、腐敗した政治以上に気候危機の責めを負うべき巨悪があるとすれば、それは人間の殺戮本能であり、それは利己主義と怠慢と対になっていると説明する。

彼は、知的立場から少し離れて普遍的な問題にアプローチすることを選ぶが、それは彼の芸術作品がただの無味乾燥なものであり、感情が欠落しているということを意味しない。彼にとって感情とは、芸術作品と鑑賞の間のコミュニケーションが十分に行われることを通してのみ、感じられるものを伝えることである。「(個人的な感情の)表現がなければ、芸術作品は観る者に自らを伝えることはできません。私の場合は、知性、知識を優先して、そのあとに表現がやってくるのです」とカウンスーは言う。

  • The Arrival series: Acrylic, emulsion on paper: w 22 by 22 inches

気候危機の重大な問題に取り組んでいるときでさえ、カウンスーは自分のことをアクティビストとは考えていない。アーティストは、彼の信念によれば、必ずしもアクティビストである必要はない。「他国で芸術作品が社会的・政治的問題を内包しているとき、その作品は大きな芸術的価値の核を持っており、私たちの多くが今ここでポリティカルアートに対してする見方のような、問題の事象のみで覆われた空っぽな表現ではありません。強力な芸術的感覚を持つとき、すべての他の問題は無意識下へと沈んでいくのです」と言う。

しかし2008年頃まで、彼は感覚にふける真の抽象表現主義者だった。「Real Me」シリーズの中で彼は自分自身を見つけようとし、その果てに自分を見失うだけだった。「抽象的な作品や肖像画をわかるために予備知識は必要ありません。でもそれは科学からインスピレーションを受けた芸術作品では真逆です。たとえば少しでもそれについて知ってさえいれば、私の衝突クレーターの絵を最もよく理解することができるのです」と言う。

  • Renovatio Series (Rebirth with wing): Acrylic, emulsion, enamel, and spray paint on canvas: w 4 by h 4.5 feet

カウンスーの作品にはいつも、アンゼルム・キーファーの暗い視覚の面影がある。しかしカウンスーについて特に見過ごされやすいのは、彼の作品が音を出しているということだ。ドシンという音、爆風、爆発、叫び声、唸り声、鳴り響くものは何でも。それはあなたの心の耳にしか聞こえない、個人的なもの。この特性は激情的な筆とスタイルで強調されたとき、完全に活気づく。題材のサイズもそのもう一つ。どんなに小さく作られても、カウンスーの作品(衝突クレーター、小惑星、星、宇宙など)は、いつも鑑賞者にとって巨大なものとして映る。

彼は世界に対する陰気な見方をしているかもしれない。しかしカウンスーは私たちに「Renovatio Plan(再生計画)」(Renovatio とはラテン語で再生を意味する)を与えてくれる。その中で人類は知的発達によって浮き沈みする。その後半、彼らはそれを間違った方法で使う。ここに、地球の終焉か新しい循環の開始後に再び始まる人間存在の新しい形への希望が現れる。今のところ私たちは、カウンスーの作品の中で、古い世界と新しい世界の両端を生きることができるのだ。

著者: auraartadmin